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君が代は限りもあらじ三笠山
峰に朝日のささむ限りは

歌の意味
君の御代は限りもないだろう。三笠山の峰に朝日が差す限りは。
鑑賞
巻第五 賀歌 325

 三笠山の峰に朝日が差す限り、君の御代は尽きることがないだろう、と詠む歌である。毎朝変わることなく昇る朝日を御代の永続のしるしとし、雄大な景によって祝っている。「三笠」の「笠」と「ささむ」の「差す」が縁語をなしている。
 金葉和歌集の伝本の中には「宇治前太政大臣家歌合に祝の心をよめる」の詞書を持つものがある。古今和歌集の伊勢の国の大嘗会の歌「君が代は限りもあらじ長浜の真砂の数はよみつくすとも」と同じ初二句で始まる。
 本巻の第三百二十二首の三笠山を受け、朝日は本巻の第三百十六首、巻末の第三百三十三首とも響き合っている。
 本巻の第三百二十二首から第三百二十六首までは、三笠山、天児屋根命、藤波など、藤原氏にゆかりのある語を交えながら、千代、万代を祝う歌が続く。
 作者の「匡房」は、大江成衡の子で権中納言に至った大江匡房である。当代随一の学者として知られ、大宰権帥を務めたことから江帥と呼ばれた。小倉百人一首にも歌が採られている。

 初句「君が代は」は本巻の第三百二十三首、前歌の第三百二十四首と同じ初句である。
 二句「限りもあらじ」は限りもないだろうの意で、打消推量の「じ」を用いる。ここで句切れとなる二句切れの歌で、下の句は倒置となっている。
 三句「三笠山」は大和の歌枕で、春日社の背後の山である。本巻の第三百二十二首にも詠まれている。
 四句「峰に朝日の」は峰に朝日がの意で、本巻の第三百十六首、第三百三十三首にも朝日が詠まれている。
 結句「ささむ限りは」は差すであろう限りはの意で、「ささむ」の「差す」が三句の「笠」と縁語をなす。二句の「限り」を重ねて、朝日の差す限り御代も限りないとしている。

みかさやま:大和国の山。春日社の背後にある
さす:光が差す。「三笠」の「笠」を差す意と縁語をなす
作者
大江匡房
出典
金葉和歌集
前の歌
君が代は天児屋根の命より 祝ひぞそめし久しかれとは
次の歌
藤波は君が千歳をまつにこそ かけて久しく見るべかりけれ