- 歌の意味
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沖の島のように遥か雲の彼方の岸を行き来して、手紙を通わせてくれる幻術士がいればよいのに。
- 鑑賞
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巻第六 別歌 341
遠い沖の島のような雲の彼方の岸まで行き来して、手紙を通わせてくれる幻術士がいてほしい、と詠む歌である。白居易の長恨歌で、亡き楊貴妃の魂を海上の仙山に訪ねた方士を踏まえ、遠く隔たった人との音信を願っている。源氏物語の桐壺巻にも、この方士を「幻」と呼んで魂のありかを尋ねたいと願う歌がある。
伝本の中には、作者を友政朝臣の妻とし、「大隅守小槻あきみちが下りける時つかはしける」の詞書を持つものがある。大隅の国は都から遠く、沖つ島や雲居の岸は遠い任国をさしていることになる。
初句「沖つ島」は沖にある島の意で、「つ」は「の」の意の古い格助詞である。遥か遠くの地をたとえている。
二句「雲居の岸を」は雲の彼方の岸をの意で、空の果てほど遠い地を示している。
三句「行き帰り」は行ったり来たりしての意である。
四句「文通はさむ」は手紙を通わせるであろうの意で、婉曲の「む」を用いている。
結句「幻もがな」は幻術士がいればよいのにの意で、願望の終助詞「もがな」を用いる。「幻」は長恨歌の方士のように、遠く隔たった人のもとを訪ねる術を持つ者をいう。
くもゐ:雲のある所、遥か遠い所
まぼろし:幻術を使う人。長恨歌の方士をさす
- 出典
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金葉和歌集
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