知らざりつ袖のみ濡れてあやめ草
かかるこひぢに生ひむものとは
- 歌の意味
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知らなかった。袖ばかりが涙に濡れて、あやめ草が泥の中に生えるように、このような恋の道に身を置くことになろうとは。
- 鑑賞
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巻第七 恋歌上 350
袖ばかりが涙に濡れて、菖蒲が泥の中に生えるように、このようなつらい恋の道に身を置くことになろうとは知らなかった、と詠む歌である。あやめ草、こひぢ、生ふと、菖蒲にかかわる語を連ねて、恋に踏み入った驚きと嘆きを表している。
伝本の中には、作者を小一条院とし、「五月五日、はじめたる女のもとにつかはしける」の詞書を持つものがある。三条天皇の皇子敦明親王である小一条院が、端午の節句の日に、初めて思いを寄せた女に贈った歌ということになる。
本歌は巻第七恋歌上の巻頭歌である。恋の道に踏み入ったばかりの驚きを詠んで、恋の部を始めている。本巻の第三百八十九首も「こひぢ」と「あやめ草」を詠んでおり、本歌と呼応している。
初句「知らざりつ」は知らなかったの意で、完了の「つ」を用いる。ここで句切れとなる初句切れの歌で、倒置により結句の「ものとは」へと続いている。
二句「袖のみ濡れて」は袖ばかりが濡れての意で、涙に濡れることと、菖蒲を引く泥に濡れることとを重ねている。
三句「あやめ草」は菖蒲のことで、端午の節句に軒に葺く草である。泥の中に生えることから、四句の「こひぢ」、結句の「生ふ」と縁語をなしている。
四句「かかるこひぢに」の「こひぢ」は、恋の道の意の「恋路」と、泥の意の「小泥」とを掛けており、平仮名のままとした。本巻の第三百八十九首の二句「こひぢに立ちて」も同じ掛詞である。
結句「生ひむものとは」は生えることになるものとはの意で、初句の「知らざりつ」へと返っていく倒置の形である。
あやめぐさ:菖蒲。端午の節句に軒に葺く
こひぢ:恋の道の意の「恋路」と、泥の意の「小泥」を掛ける
おふ:草木が生える
- 出典
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金葉和歌集
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我ひとり急ぐと思ひし東路に 垣根の梅はさきだちにけり
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篠薄上葉にすがくささがにの いかさまにせば人なびきなむ