思ひ出づやありしその夜の呉竹は
あさましかりしふし所かな
- 歌の意味
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思い出すだろうか、あの夜のことを。呉竹の節ではないが、驚くほど粗末な臥し所であったことだ。
- 鑑賞
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巻第七 恋歌上 362
あの夜のことを思い出すだろうか、呉竹の節にちなむ臥し所は、まことに驚くほど粗末なところであった、と相手に呼びかける歌である。共に過ごした夜の寝所のわびしさを、かえって忘れがたい思い出として詠んでいる。
伝本の中には、ある所で語らった後、日を経て贈った歌とする詞書を持つものがある。
作者の「公実」は、藤原実季の子で、春宮大夫を務め権大納言に至った藤原公実である。堀河百首の作者の一人である。
初句「思ひ出づや」は思い出すかの意で、係助詞「や」で問いかけている。字余りの句で、ここで句切れとなる初句切れの歌である。
二句「ありしその夜の」はあの夜のの意で、過去の「き」の連体形を用いて共に過ごした夜をさしている。「夜」は竹の節と節の間をいう「よ」を響かせ、三句の「呉竹」と縁語をなす。
三句「呉竹は」は中国渡来とされる竹の一種である。
四句「あさましかりし」は驚くほどひどかったの意である。本巻の第三百七十二首、第三百九十六首の初句「あさましや」と同じ語を用いている。
結句「ふし所かな」の「ふし」は、竹の「節」と、寝る意の「臥し」とを掛けており、平仮名のままとした。終助詞「かな」で詠嘆している。
くれたけ:中国渡来とされる竹の一種
ふしどころ:寝所。「ふし」に竹の「節」と、寝る意の「臥し」を掛ける
- 作者
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藤原公実
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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逢ふことはいつとなぎさの浜千鳥 波の立ち居に音をのみぞ泣く
- 次の歌
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七夕はまた来む秋も頼むらむ 逢ふ夜も知らぬ身をいかにせむ