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夢にだに逢ふとは見えよさもこそは
現につらき心なりとも

歌の意味
せめて夢の中でだけでも、逢っていると見えてほしい。たとえ現実ではどれほどつれない心であっても。
鑑賞
巻第七 恋歌上 365

 現実ではどれほど冷たい心であってもかまわないから、せめて夢の中でだけは逢う姿を見せてほしい、と願う歌である。現実の逢瀬をあきらめ、夢にだけ望みを託す切ない心を表している。
 伝本の中には、作者を藤原実能とし、「寄夢恋といへることをよめる」の詞書を持つものがある。夢に寄せる恋の題で詠んだ歌ということになる。
 本巻の第三百五十四首、第三百八十一首、第四百十五首も夢と現を詠んでいる。

 初句「夢にだに」はせめて夢の中でだけでもの意で、副助詞「だに」を用いる。
 二句「逢ふとは見えよ」は逢うとは見えてほしいの意で、命令形で願いを表している。ここで句切れとなる二句切れの歌である。
 三句「さもこそは」はいかにもそうであろうがの意で、結句の「とも」と呼応して、たとえそうであってもの意を表す。
 四句「現につらき」は現実では冷たいの意で、初句の「夢」と対をなしている。本巻の第三百五十四首の二句「現のかひは」とも対応している。
 結句「心なりとも」は心であってもの意で、逆接仮定の「とも」を用いる。

うつつ:現実
出典
金葉和歌集
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