白雲のかかる山路をふみ見てぞ
いとど心は空になりける
- 歌の意味
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白雲のかかる山道を踏み分けるように、あなたの手紙を見てからは、いっそう心がうわの空になってしまったことだ。
- 鑑賞
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巻第七 恋歌上 366
白雲のかかる高い山道を踏んで行くように、あなたからの手紙を見てからは、いっそう心がうわの空になってしまった、と詠む歌である。「ふみ」に踏むと文を掛け、白雲と空の縁で、恋に浮き立つ心を表している。
伝本の中には、作者を藤原顕隆とし、「題しらず」とするものがある。
初句「白雲の」は白い雲のの意で、高い山の景を示している。結句の「空」と縁語をなしている。
二句「かかる山路を」は雲がかかっている山道をの意である。
三句「ふみ見てぞ」の「ふみ」は、山路を「踏み」の意と、手紙の「文」とを掛けており、平仮名のままとした。係助詞「ぞ」が結句の連体形「ける」と係り結びをなす。
四句「いとど心は」はいっそう心はの意である。
結句「空になりける」はうわの空になってしまったことだの意で、「空」に初句の白雲のかかる空を響かせている。本巻の第三百七十一首の「雲居の月」も空を詠んでいる。
ふみ:山路を「踏み」の意と、手紙の「文」を掛ける
そら:上の空。心が落ち着かないさま
- 出典
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金葉和歌集
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夢にだに逢ふとは見えよさもこそは 現につらき心なりとも
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逢ひ見むと頼むればこそくれはとり あやしやいかがたち帰るべき