涙川袖の井堰も朽ち果てて
淀むかたなき恋もするかな
- 歌の意味
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涙の川をせき止める袖の井堰もすっかり朽ち果てて、淀みとどまる所もないような恋をしていることだ。
- 鑑賞
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巻第七 恋歌上 377
涙の川をせき止めていた袖の井堰もすっかり朽ち果て、もはや淀みとどまる所もなく流れ続けるような恋をしている、と詠む歌である。涙の川と井堰の見立てを推し進め、抑えようのない恋の激しさを表している。
伝本の中には、作者を皇后宮右衛門佐とし、「題しらず」とするものがある。
本巻の第三百七十五首から第三百七十七首までは、涙の川を詠む歌が続く。第三百七十五首で袖を井堰に見立て、第三百七十六首では人目の堤が涙をせき止めきれず、第三百七十七首では袖の井堰も朽ち果てたと詠み、涙が次第にあふれていくさまを配列している。
初句「涙川」は涙が川のように流れるさまをいう。前歌の第三百七十六首の三句と同じ語である。
二句「袖の井堰も」は袖で作った井堰もの意で、本巻の第三百七十五首の結句「井堰なるらむ」を受けている。
三句「朽ち果てて」はすっかり朽ちてしまっての意で、涙に濡れ続けた袖のさまを示している。
四句「淀むかたなき」は淀んでとどまる所もないの意で、「淀む」は初句の「涙川」の縁語である。
結句「恋もするかな」は恋をしていることだの意で、終助詞「かな」で詠嘆している。
ゐせき:川の水をせき止める堰
よどむ:水の流れがとどこおる
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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流れての名にぞ立ちぬる涙川 人目つつみをせきしあへねば
- 次の歌
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かくとだにまだいはしろの結び松 むすぼほれたる我が心かな