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つらかりし心ならひに逢ひ見ても
なほ夢かとぞ疑はれける

歌の意味
つらい仕打ちに慣れてしまった心の癖で、こうして逢っても、やはり夢ではないかと疑われることだ。
鑑賞
巻第七 恋歌上 381

 長くつれない仕打ちを受けて慣れてしまった心の癖から、ようやく逢うことができても、なお夢ではないかと疑ってしまう、と詠む歌である。逢瀬の喜びを素直に信じられないほどの、それまでの苦しみの深さを表している。
 伝本の中には、作者を源行宗とし、「後朝の心をよめる」の詞書を持つものがある。逢った翌朝の心を題として詠んだ歌ということになる。
 本巻の第三百五十四首、第三百六十五首、第四百十五首も夢と現を詠んでいる。

 初句「つらかりし」はつらかったの意で、過去の「き」の連体形を用いて、それまでの相手の冷たさを振り返っている。
 二句「心ならひに」は心の習慣での意で、つらさに慣れてしまった心をいう。
 三句「逢ひ見ても」は逢っていてもの意で、逆接の「ても」を用いる。
 四句「なほ夢かとぞ」はやはり夢かとの意で、係助詞「ぞ」が結句の連体形「ける」と係り結びをなす。本巻の第三百五十四首、第四百十五首と同じく夢を詠んでいる。
 結句「疑はれける」は疑われることだの意で、自発の「る」に詠嘆の「けり」を添えている。

こころならひ:心の習慣、癖
出典
金葉和歌集
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命だにはかなからずは年経とも 逢ひ見むことを待たましものを
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