いつとなく恋に焦がるる我が身より
立つや浅間の煙なるらむ
- 歌の意味
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いつも絶えることなく恋に焦がれている我が身から立ちのぼるのが、あの浅間山の煙なのだろうか。
- 鑑賞
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巻第七 恋歌上 399
絶えず恋に焦がれている自分の身から立ちのぼる煙こそが、あの浅間山の煙なのだろうか、と詠む歌である。噴煙を上げる浅間山を恋の火に見立てる大胆な誇張で、燃えるような恋心を表している。
伝本の中には、「実行卿の家の歌合に恋の心をよめる」の詞書を持つものがある。藤原実行の家の歌合で、恋の題で詠んだ歌ということになる。
作者の「俊頼」は、大納言源経信の子で、白河院の命を受けて本集を撰進した源俊頼である。
初句「いつとなく」はいつということもなく、絶えずの意である。
二句「恋に焦がるる」は恋に身を焦がしているの意で、四句の「煙」と縁語をなす。本巻の第四百十三首の二句「焦がるる胸も」も同じく恋に焦がれる心を詠んでいる。
三句「我が身より」は私の身からの意である。
四句「立つや浅間の」は立ちのぼるのか浅間のの意で、係助詞「や」が結句の連体形「らむ」と係り結びをなす。浅間は信濃の歌枕で、噴煙で知られる。
結句「煙なるらむ」は煙なのだろうかの意で、現在推量の「らむ」を用いる。
こがる:恋い焦がれる。火に焼けて焦げる意を響かせる
あさま:信濃の浅間山。噴煙で知られる
- 作者
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源俊頼
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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逢ひ見ての後つらからば世々を経て これよりまさる恋に惑はむ
- 次の歌
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後の世と契りし人もなきものを 死なばやとのみ言ふぞはかなき