心ざしあさぢが末に置く露の
たまさかに訪ふ人は頼まじ
- 歌の意味
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心ざしの浅い、浅茅の葉末に置く露の玉ではないが、たまにしか訪れない人は頼みにすまい。
- 鑑賞
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巻第七 恋歌上 408
浅茅の葉末に置く露の玉のように、思いが浅く、たまにしか訪れない人を頼みにはするまい、と詠む歌である。「あさぢ」に浅しを、「たまさか」に露の玉を響かせ、相手の誠意のなさを突き放している。
伝本の中には、「人々に恋の歌よませはべりけるに、人にかはりて」の詞書を持つものがある。人々に恋の歌を詠ませた折に、人に代わって詠んだ歌ということになる。
本巻の第四百十六首も「たまたま来ては」と、露の玉に寄せてまれな訪れを詠んでおり、本歌と対をなしている。
作者の「忠通」は、関白藤原忠実の子で、摂政、関白、太政大臣を歴任した藤原忠通である。法性寺入道と呼ばれ、小倉百人一首にも歌が採られている。
初句「心ざし」は誠意、愛情の意である。
二句「あさぢが末に」の「あさぢ」は、心ざしの「浅し」の意と、丈の低い茅の「浅茅」とを掛けており、平仮名のままとした。
三句「置く露の」は置いている露のの意で、露の「玉」から四句の「たまさか」を導いている。初句から三句までが序となっている。本巻の第三百八十五首、第四百十六首、第四百二十首にも露が詠まれている。
四句「たまさかに訪ふ」はたまにしか訪れないの意で、「たま」に露の玉を響かせている。本巻の第四百十六首の「たまたま来ては」と対応している。
結句「人は頼まじ」はその人は頼みにしないの意で、打消意志の「じ」を用いる。
こころざし:誠意、愛情
あさぢ:心ざしの「浅し」の意と、丈の低い茅の「浅茅」を掛ける
- 作者
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藤原忠通
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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恋ふれども人の心の解けぬには 結ばれながら帰る玉章
- 次の歌
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忍ぶれどかひもなぎさの海人小舟 波はかけても今はうらみじ