なぞもかく身にかふばかり思ふらむ
逢ひ見むことも人のためかは
- 歌の意味
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どうしてこのように、我が身に代えるほどまでに思うのだろうか。逢うことも、人のためであろうか、そうではないのに。
- 鑑賞
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巻第七 恋歌上 410
どうしてこれほど我が身に代えるほどまでに思うのだろうか、逢うことも人のためではないのに、と詠む歌である。身を捨てても逢いたいと願う激しい思いを見つめ直している。語句の解釈には諸説がある。
伝本の中には、作者を三宮大進とし、「雲居寺の歌合に人にかはりて恋の心をよめる」の詞書を持つものがある。雲居寺の歌合で、人に代わって恋の題で詠んだ歌ということになる。
本巻の第三百八十九首の初句も「なぞもかく」である。
初句「なぞもかく」はどうしてこのようにの意で、本巻の第三百八十九首の初句と同じ句である。
二句「身にかふばかり」は我が身に代えるほどにの意で、命と引き換えにしてもよいほどの思いをいう。
三句「思ふらむ」は思うのだろうかの意で、初句の「なぞ」を受けて現在推量の「らむ」で結ぶ。ここで句切れとなる三句切れの歌である。
四句「逢ひ見むことも」は逢うこともの意である。
結句「人のためかは」は人のためであろうかの意で、係助詞「かは」による反語であり、人のためではないの意を表す。
かふ:代える、引き換えにする
- 出典
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金葉和歌集
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忍ぶれどかひもなぎさの海人小舟 波はかけても今はうらみじ
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