逢ふことを今宵と思はば夕づく日
入る山の端も嬉しからまし
- 歌の意味
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あの人に逢うのが今夜だと思えるのなら、夕日の沈んでゆく山の端も、うれしく見えることだろうに。
- 鑑賞
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巻第八 恋歌下 427
逢うのが今夜だとわかっていれば、夕日が沈む山の端を見ることもうれしいだろうに、と詠む歌である。反実仮想によって、実際には逢う約束のない身が夕暮れを迎えるわびしさを、裏返しに表している。
夕暮れは男の訪れを待つ時刻であり、本巻の第四百二十三首が明け方の別れのつらさを詠んだのに対し、本歌は逢瀬の始まる夕暮れを待つ心を詠んでいる。
初句「逢ふことを」は、恋人に逢うことをの意である。
二句「今宵と思はば」は、今夜だと思えるならの意で、未然形に接続助詞「ば」が付いた仮定条件を表す。
三句「夕づく日」は、夕日の意である。
四句「入る山の端も」は、沈んでゆく山の稜線もの意で、ふつうは寂しいはずの日の入りの景にも、の意を係助詞「も」が添えている。
結句「嬉しからまし」は、うれしいだろうにの意で、反実仮想の助動詞「まし」を用い、二句の「思はば」と呼応している。
ゆふづくひ:夕日
やまのは:山の稜線
- 出典
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金葉和歌集
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世とともに袖のかわかぬ我が恋や としまが磯に寄する白波
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山の井の岩漏る水に影見れば あさましげにもなりにけるかな