山の井の岩漏る水に影見れば
あさましげにもなりにけるかな
- 歌の意味
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山の泉の、岩間から漏れ出る水に姿を映して見ると、なんとも見る影もない様子になってしまったことよ。
- 鑑賞
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巻第八 恋歌下 428
山の泉の岩から漏れ出る水に自分の姿を映してみると、恋にやつれてあきれるほどみすぼらしい姿になってしまっていた、と詠む歌である。恋の苦しみによる面やつれを、水鏡に映る姿に見いだして嘆いている。
「山の井」は、古今和歌集の仮名序にも引かれる「安積山影さへ見ゆる山の井の浅き心を我が思はなくに」以来、浅さと結びつけて詠まれる景物であり、本歌の「あさまし」にもその響きがある。
初句「山の井の」は、山中の湧き水をためた泉のの意である。
二句「岩漏る水に」は、岩の間から漏れ出る水にの意である。
三句「影見れば」は、姿を映して見るとの意で、「影」は水に映る自分の姿をいう。
四句「あさましげにも」は、あきれるほどみすぼらしい様子にもの意で、「山の井」の浅さを響かせている。本巻の第四百六十三首の初句「あさましく」、巻末の第五百十五首の初句「あさましや」と同じ語を用いている。
結句「なりにけるかな」は、なってしまったことだの意で、完了の「ぬ」、詠嘆の「けり」、終助詞「かな」を重ねている。
やまのゐ:山中の湧き水をためた泉
かげ:水などに映る姿
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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逢ふことを今宵と思はば夕づく日 入る山の端も嬉しからまし
- 次の歌
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みちのくの思ひしのぶにありながら 心にかかるあふの松原