みちのくの思ひしのぶにありながら
心にかかるあふの松原
- 歌の意味
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陸奥の信夫ではないが、思いを忍んでいる身でありながら、心にかかってならないのは、逢うという名を持つあふの松原である。
- 鑑賞
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巻第八 恋歌下 429
恋しい思いを人目に忍んでいる身でありながら、「逢ふ」という名を持つあふの松原のことばかりが心にかかる、と詠む歌である。陸奥の歌枕の「信夫」と「あふの松原」を詠み込み、忍ぶ恋と逢いたい心のせめぎ合いを、地名の掛詞で表している。
作者の「仲正」は、源頼綱の子で、源頼政の父にあたる源仲正である。堀河天皇の時代から歌人として活動した。
初句「みちのくの」は、陸奥のの意で、二句の「しのぶ」の地名を導いている。
二句「思ひしのぶに」の「しのぶ」は、思いを人目に隠す意の「忍ぶ」と、陸奥の歌枕の「信夫」とを掛けており、平仮名のままとした。
三句「ありながら」は、ありながらもの意で、逆接の接続助詞「ながら」を用いる。
四句「心にかかる」は、心に引っかかって離れないの意で、松に掛かるの意を響かせ、結句の「松原」と縁をなしている。
結句「あふの松原」の「あふ」は、恋人に「逢ふ」意と、歌枕の「あふの松原」の地名とを掛けており、平仮名のままとした。体言止めで結んでいる。
みちのく:陸奥国。今の東北地方
しのぶ:思いを人目に隠す意の「忍ぶ」と、陸奥の歌枕の「信夫」を掛ける
あふ:恋人に「逢ふ」意と、歌枕の「あふの松原」を掛ける
- 作者
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源仲正
- 出典
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金葉和歌集
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山の井の岩漏る水に影見れば あさましげにもなりにけるかな
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思はむと頼めし人の昔にも あらずなるとのうらめしきかな