逢ふことのひさしに葺けるあやめ草
ただかりそめのつまとこそ見れ
- 歌の意味
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逢うことも久しく絶えて、廂に葺いた菖蒲がしばらく軒の端にあるだけのように、あなたのことはただ一時だけの、かりそめの夫と思うことだ。
- 鑑賞
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巻第八 恋歌下 436
逢うことが久しく絶えている今、廂に葺いた菖蒲がしばらく軒の端にあるだけのように、あなたはただかりそめの夫にすぎないと思う、と詠む歌である。端午の節句に軒に葺く菖蒲に寄せて、訪れの絶えた男への冷めた思いを、掛詞を重ねて表している。
本巻の第四百四十九首も「ひさし」「つま」を掛詞として詠み、訪れの途絶えた恋人を嘆いており、本歌と対をなしている。巻第七の第三百五十首、第三百八十九首に詠まれた「あやめ草」とも呼応している。
作者の「前斎宮河内」は、前斎宮に仕えて河内と呼ばれた女房歌人である。堀河百首の作者の一人である。
初句「逢ふことの」は、恋人に逢うことがの意である。
二句「ひさしに葺ける」の「ひさし」は、時が「久し」の意と、軒の「廂」とを掛けており、平仮名のままとした。存続の「り」の連体形「る」を用い、廂に葺いてあるの意となる。
三句「あやめ草」は菖蒲のことで、端午の節句に軒に葺く草である。
四句「ただかりそめの」の「かりそめ」は、一時的の意の「仮初」と、菖蒲を「刈り」の意とを掛けており、平仮名のままとした。
結句「つまとこそ見れ」の「つま」は、軒の端の意の「端(つま)」と、配偶者の意の「夫(つま)」とを掛けており、平仮名のままとした。係助詞「こそ」と已然形「見れ」の係り結びで結んでいる。本巻の第四百四十九首の三句「つまならむ」も同じ掛詞である。
ひさし:時が「久し」の意と、軒の「廂」を掛ける
あやめぐさ:菖蒲。端午の節句に軒に葺く
かりそめ:一時的の意の「仮初」と、菖蒲を「刈り」の意を掛ける
つま:軒の「端」と、配偶者の「夫」を掛ける
- 作者
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前斎宮河内
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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恋ひわびて眺むる空の浮雲や 我が下燃えの煙なるらむ
- 次の歌
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つらきをも思ひも知らぬ身のほどに 恋しさいかで忘れざるらむ