忘れ草しげれる宿を来て見れば
思ひのきより生ふるなりけり
- 歌の意味
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忘れ草が茂っている家を訪ねて来て見ると、それは私への思いが退いた、その軒から生えているのであった。
- 鑑賞
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巻第八 恋歌下 439
忘れ草が生い茂っている家に来てみると、その草はあの人の思いが自分から離れた、その軒から生えていたのだった、と詠む歌である。恋を忘れさせる忘れ草が茂るさまに、相手の心が自分から離れてしまったことを見て取り、軒と「退き」の掛詞で機知的に表している。
作者の「俊頼」は、大納言源経信の子で、白河院の命を受けて本集を撰進した源俊頼である。
初句「忘れ草」は、萱草の別名で、身につけると憂いを忘れるとされた草である。
二句「しげれる宿を」は、茂っている家をの意で、存続の「り」の連体形「る」を用いる。
三句「来て見れば」は、訪ねて来て見るとの意である。
四句「思ひのきより」の「のき」は、家の「軒」と、思いが離れ去る意の「退き」とを掛けているとみられ、平仮名のままとした。
結句「生ふるなりけり」は、生えているのであったの意で、断定の「なり」に詠嘆の「けり」を添え、気づきを表している。
わすれぐさ:萱草の別名。身につけると憂いを忘れるとされた
のき:家の「軒」と、思いが離れ去る意の「退き」を掛けるとみられる
おふ:草木が生える
- 作者
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源俊頼
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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先の世の契りを知らではかなくも 人をつらしと思ひけるかな
- 次の歌
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今よりは思ひも出でじ恨めしと 言ふも頼みのかかる限りぞ