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逢ふこともなごえにあさる葦鴨の
うき寝をなくと人は知らずや

歌の意味
逢うこともないまま、奈呉江で餌をあさる葦鴨が水に浮いて寝ながら鳴くように、私がつらいひとり寝に泣いているとは、あの人は知らないのだろうか。
鑑賞
巻第八 恋歌下 454

 逢うこともないまま、奈呉の入り江で餌をあさる葦鴨が水に浮いて寝ながら鳴くように、つらいひとり寝に泣いていることを、あの人は知らないのだろうか、と詠む歌である。水鳥の浮き寝に、恋人に逢えずに泣き明かす身を重ね、掛詞を連ねて表している。
 作者の「忠通」は、関白藤原忠実の子で、摂政、関白、太政大臣を歴任した藤原忠通である。法性寺入道と呼ばれ、小倉百人一首にも歌が採られている。

 初句「逢ふことも」は、逢うこともの意で、二句の「な」へ続き、逢うこともないの意となる。
 二句「なごえにあさる」の「なごえ」は、逢うことも「無」いの意と、越中の歌枕の「奈呉江」とを掛けており、平仮名のままとした。「あさる」は餌を探し求める意である。
 三句「葦鴨の」は、葦の生える水辺にすむ鴨のの意で、上三句は四句の「うき寝」を導いている。
 四句「うき寝をなくと」の「うき」は、水に「浮き」の意と、つらい意の「憂き」とを掛け、「なく」は、鴨が「鳴く」意と、自分が「泣く」意とを掛けており、いずれも平仮名のままとした。
 結句「人は知らずや」は、あの人は知らないのだろうかの意で、係助詞「や」による問いかけで結んでいる。

なごえ:逢うことも「無」の意と、越中の歌枕の「奈呉江」を掛ける
あさる:餌を探し求める
うきね:水に「浮き」寝る意と、つらい意の「憂き」寝を掛ける
なく:鴨が「鳴く」意と、自分が「泣く」意を掛ける
作者
藤原忠通
出典
金葉和歌集
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待つ人の大空渡る月ならば 濡るる袂に影は見てまし
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