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名に立てるあはでの浦のあまだにも
みるめはかづくものとこそ聞け

歌の意味
逢わないという名で知られたあはでの浦の海人でさえも、海松布は潜って採るものだと聞いている。それなのに私はあの人に逢う機会さえない。
鑑賞
巻第八 恋歌下 456

 逢わないという名で知られたあはでの浦の海人でさえ、海松布を潜って採るものだと聞くのに、自分は恋人に逢う機会さえ得られない、と詠む歌である。尾張の歌枕の阿波手の浦と、海松布とを掛詞として、逢えない恋の嘆きを表している。
 本巻の第四百六十一首、第四百六十二首、第四百八十一首にも「みるめ」「浦」「海人」が詠まれ、海辺の景物に寄せて逢えない恋を詠む歌が繰り返し配されている。

 初句「名に立てる」は、その名で知られているの意で、存続の「り」の連体形「る」を用いる。
 二句「あはでの浦の」の「あはで」は、恋人に「逢はで」の意と、尾張の歌枕の「阿波手の浦」とを掛けており、平仮名のままとした。
 三句「あまだにも」は、海人でさえもの意で、副助詞「だに」は軽いものを挙げて重いものを類推させる意を表す。
 四句「みるめはかづく」の「みるめ」は、海藻の「海松布」と、恋人に逢う機会の「見る目」とを掛けており、平仮名のままとした。「かづく」は水に潜って採る意である。
 結句「ものとこそ聞け」は、ものだと聞いているの意で、係助詞「こそ」を已然形「聞け」で受ける係り結びとなっている。

あはで:「逢はで」の意と、尾張の歌枕の「阿波手の浦」を掛ける
あま:海に潜って魚や海藻を採る人
みるめ:海藻の「海松布」と、逢う機会の「見る目」を掛ける
かづく:水に潜って採る
出典
金葉和歌集
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