うらむともみるめもあらじものゆゑに
何かはあまの袖濡らすらむ
- 歌の意味
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浦を見て恨んだところで、海松布もないように、逢う機会もないのだから、どうして海人のように袖を濡らすことがあろうか。
- 鑑賞
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巻第八 恋歌下 481
いくら恨んでも、もう逢う機会はないのだから、どうして海人のように涙で袖を濡らすことがあろうか、と詠む歌である。浦見と恨み、海松布と見る目を掛け、望みのない恋に涙する自分を戒めている。
本巻の第四百五十六首、第四百六十二首に続き、「みるめ」「海人」を詠んで逢えない恋を嘆く歌である。次歌の第四百八十二首も「袖濡らす」の語で結ばれており、二首は結句の言葉を共有している。
初句「うらむとも」の「うらむ」は、浦を見る意の「浦見る」と、「恨む」とを掛けており、平仮名のままとした。逆接仮定の「とも」を用いる。
二句「みるめもあらじ」の「みるめ」は、海藻の「海松布」と、逢う機会の「見る目」とを掛けており、平仮名のままとした。打消推量の「じ」を用いる。
三句「ものゆゑに」は、ものであるからの意で、ここでは原因を表し、ないのだからの意となる。
四句「何かはあまの」は、どうして海人のの意で、係助詞「かは」は反語を表し、結句の「らむ」と係り結びをなしている。
結句「袖濡らすらむ」は、袖を濡らすのだろうかの意で、現在推量の「らむ」の連体形で、四句の「かは」を受けて結んでいる。次歌の第四百八十二首の結句「袖濡らすとは」と同じ語を用いる。
うらむ:浦を見る意の「浦見る」と、「恨む」を掛ける
みるめ:海藻の「海松布」と、逢う機会の「見る目」を掛ける
あま:海に潜って魚や海藻を採る人
- 出典
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金葉和歌集
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梓弓帰る朝の思ひには 引きくらぶべきことのなきかな
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恋しさを妹知るらめや旅寝して 山の雫に袖濡らすとは