神垣に昔我が見し梅の花
ともに老い木となりにけるかな
- 歌の意味
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神社の垣の内で、昔私が見た梅の花よ。今では私とともに、老い木となってしまったことだ。
- 鑑賞
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巻第九 雑歌上 516
神社の垣の内で若いころに見た梅の木が、年月を経て、自分と同じように老い木となっていた、と詠む歌である。久しぶりに訪れた社頭の梅に、自らの老いを重ね、過ぎた歳月への感慨をしみじみと表している。
本歌は巻第九雑歌上の巻頭歌である。巻末の第六百三首は、作者の子である源俊頼の嘆きに周防内侍が答えた歌で、晴れた空の月を詠んで巻を結んでいる。父の老いの感慨で始まった巻が、子の不遇を慰める歌で閉じられる構成となっている。「神垣」の語は、本巻の第五百四十七首、第五百四十八首の初句にも用いられている。
作者の「経信」は、民部卿道方の子で、大納言に至り、桂大納言と呼ばれた源経信である。本集の撰者源俊頼の父で、晩年は大宰権帥として任地の大宰府で没した。小倉百人一首にも歌が採られている。
初句「神垣に」は、神社の垣の内にの意で、神域を指す。本巻の第五百四十七首、第五百四十八首も「神垣」で始まっている。
二句「昔我が見し」は、昔私が見たの意で、過去の「き」の連体形「し」が、若いころの体験を回想している。
三句「梅の花」は、社頭に植えられた梅の木の花である。
四句「ともに老い木と」は、私とともに老い木となっての意で、梅の老木に作者自身の老いを重ねている。
結句「なりにけるかな」は、なってしまったことだの意で、完了の「ぬ」と詠嘆の「けり」に終助詞「かな」が付き、歳月の流れへの感慨を込めて結んでいる。
かみがき:神社の周囲にめぐらした垣。転じて神域、神社
おいき:年を経た木、老木
- 作者
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源経信
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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あさましやこは何事のさまぞとよ 恋せよとても生まれざりけり
- 次の歌
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山里も憂き世の中を離れねば 谷の鶯音をのみぞ鳴く