行く末のためしと今日を思ふとも
今幾年か人に語らむ
- 歌の意味
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将来の手本として今日のことを思うにしても、私はあと何年、人にこのことを語ることができるだろうか。
- 鑑賞
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巻第九 雑歌上 519
今日の晴れがましい催しを、将来に語り伝えるべき手本と思っても、老いた自分はこれから何年、人にこの日のことを語ることができるだろうか、と詠む歌である。めでたい行事に立ち会えた喜びと、残り少ない齢への嘆きが一首の中に込められている。次歌の第五百二十首は本歌に答えた歌で、二首で贈答をなしている。次歌の結句に「花の御幸」とあることから、院の花見の御幸に際して詠まれた歌とみられる。
作者の「永縁」は、興福寺の僧で、権僧正に至った歌人である。郭公を詠んだ歌が評判となり、初音の僧正と呼ばれた。
初句「行く末の」は、将来のの意である。
二句「ためしと今日を」は、手本、先例として今日のことをの意で、「ためし」は後の世に語り伝えるべき例をいう。
三句「思ふとも」は、思ったとしてもの意で、逆接の仮定を表す接続助詞「とも」が用いられている。
四句「今幾年か」は、あと何年かの意で、係助詞「か」は疑問を表し、結句の「語らむ」と係り結びをなしている。老いの身の残り少ない年月を思う嘆きが込められている。
結句「人に語らむ」は、人に語ることができるだろうかの意で、推量の「む」の連体形で、四句の「か」を受けて結んでいる。次歌はこの「語らむ」を受けて答えている。
ためし:先例、手本
- 作者
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永縁
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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植ゑおきし君もなき世に年経たる 花は我が身の心地こそすれ
- 次の歌
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幾千代も君ぞ語らむ積もりゐて 面白かりし花の御幸を