幾かへり花咲きぬらむ住吉の
松も神代のものとこそ聞け
- 歌の意味
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いったい幾度花を咲かせたのだろうか。住吉の松も神代からのものだと聞いているが。
- 鑑賞
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巻第九 雑歌上 530
住吉の松は幾度花を咲かせたのだろうか、神代からある松だと聞いているのだから、と詠む歌である。松は千年に一度花を咲かせるとされ、その花が幾度咲いたかを問うことで、住吉の松の途方もない齢と住吉の神の長久をたたえている。
住吉の松は古くから長寿を象徴する歌材として詠まれてきた。本巻では第五百九十二首に住吉の神主津守国基の歌が収められている。
作者の「俊頼」は、大納言源経信の子で、白河院の命を受けて本集を撰進した源俊頼である。
初句「幾かへり」は、幾度の意で、「かへり」は回数を表す。
二句「花咲きぬらむ」は、花が咲いたのだろうかの意で、完了の「ぬ」に現在推量の「らむ」が付いている。千年に一度咲くとされる松の花をいう。ここで句切れとなる二句切れの歌である。
三句「住吉の」は、摂津国の住吉の意で、住吉の社の松で名高い歌枕である。
四句「松も神代の」は、松も神代からのの意で、住吉の松が神代以来のものであることをいう。
結句「ものとこそ聞け」は、ものだと聞いているがの意で、係助詞「こそ」を受けて「聞く」の已然形「聞け」で結ぶ係り結びとなっている。已然形で結んで逆接的な余韻を残している。
かみよ:神々が治めていたとされる神話の時代
- 作者
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源俊頼
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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思ひかね今朝は空をや眺むらむ 雲の通ひ路霞隔てて
- 次の歌
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ますらをは山田の庵に老いにけり 今幾千代にあはむとすらむ