この世には山の端出づる月をのみ
待つことにてもやみぬべきかな
- 歌の意味
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この世では、山の端から出る月だけを待つことで終わってしまいそうなことだ。
- 鑑賞
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巻第九 雑歌上 535
この世では、山の端から出てくる月だけを待つことで一生が終わってしまいそうだ、と詠む歌である。月の出を待つことを、望みがかなう時を待つことに重ね、待つばかりで何事もかなわないまま終わりそうな身を嘆いている。月は来世の救いを象徴するものでもあり、この世での望みをあきらめる心も読み取れる。
本巻では第五百三十八首、第五百三十九首、第五百八十首と、月を詠む歌が続き、月の光は仏道や西方浄土を思わせるものとして詠まれている。
初句「この世には」は、この世ではの意で、来世に対する現世をいう。
二句「山の端出づる」は、山の稜線から出てくるの意である。
三句「月をのみ」は、月だけをの意で、副助詞「のみ」が限定を表している。
四句「待つことにても」は、待つことによってもの意である。
結句「やみぬべきかな」は、終わってしまいそうなことだの意で、完了の「ぬ」に推量の「べし」の連体形、詠嘆の終助詞「かな」が付いている。
やまのは:山の稜線。空と接するあたり
やむ:終わる
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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春の来しその日つららは解けにしを 又何事にとどこほるらむ
- 次の歌
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木の間洩る片割れ月のほのかにも 誰か我が身を思ひ出づべき