- 歌の意味
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春日山の峰続きに照る月の光にも、知られることのない谷の松もあるのだなあ。
- 鑑賞
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巻第九 雑歌上 537
春日山の峰々に続いて照りわたる月の光にも、照らされることなく知られずにいる谷の松もあることだ、と詠む歌である。春日山は藤原氏の氏神である春日社の山であり、その峰々を照らす月光は、藤原氏の繁栄や恩恵のたとえとみられる。恩恵がゆきわたる中で、顧みられずに谷に埋もれている松に、不遇な我が身を重ねている。
本巻の第五百二十三首の「谷の埋もれ木」と同じく、谷にある木によって世に知られない身を表している。
作者の「師光」は、源氏の出身の歌人で、名を源師光というが、経歴の詳細は明らかでない。
初句「春日山」は、大和国の春日山で、藤原氏の氏神である春日社の背後の山である。
二句「峰続き照る」は、峰から峰へと続いて照るの意である。
三句「月影に」は、月の光にの意で、恩恵のたとえとみられる。
四句「知られぬ谷の」は、知られることのない谷のの意で、月の光が届かず人に知られない谷をいう。本巻の第五百二十三首の結句「谷の埋もれ木」と通じている。
結句「松もありけり」は、松もあるのだなあの意で、詠嘆の「けり」で、顧みられない我が身への気づきを込めて結んでいる。
つきかげ:月の光
- 作者
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源師光
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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木の間洩る片割れ月のほのかにも 誰か我が身を思ひ出づべき
- 次の歌
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うらやまし憂き世を出でていかばかり 隈なき峰の月を見るらむ