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大江山いくのの道の遠ければ
まだふみも見ず天の橋立

歌の意味
大江山を越え、生野を通って行く道が遠いので、まだ天の橋立を踏んでみたこともなく、母からの手紙も見ていない。
鑑賞
巻第九 雑歌上 550

 大江山を越え生野を通って行く丹後への道のりは遠いので、私はまだ天の橋立の地を踏んだこともなく、丹後にいる母からの手紙も見ていない、と詠む歌である。母の和泉式部が夫の藤原保昌とともに丹後に下っていた折、都の歌合に召された作者が、母に代作を頼んだのではないかとからかわれ、即座に詠み返したと伝わる。掛詞を巧みに用いて、母の助けなど借りていないと機知で切り返した名歌である。
 伝本の中には、和泉式部が丹後にいたころ、歌合の歌詠みに選ばれた作者のもとに藤原定頼が来て、丹後へ使いは出したのか、使いは帰って来ないのかなどと戯れて立ち去ろうとしたのを、引き止めて詠んだとする詞書を持つものがある。小倉百人一首にも採られている。
 作者の「小式部内侍」は、和泉式部と橘道貞の娘で、母とともに上東門院彰子に仕えた女房である。母に先立って若くして亡くなった。

 初句「大江山」は、丹波国の大江山で、都から丹後へ向かう道筋にある山である。
 二句「いくのの道の」の「いくの」は、丹波国の地名の「生野」と、「行く」とを掛けており、平仮名のままとした。
 三句「遠ければ」は、遠いのでの意で、形容詞の已然形に接続助詞「ば」が付いて理由を表している。
 四句「まだふみも見ず」の「ふみ」は、地を「踏み」の意と、手紙の「文」とを掛けており、平仮名のままとした。「踏み」は二句の「道」と縁語をなしている。
 結句「天の橋立」は、丹後国の歌枕で、体言止めで結んでいる。「橋」は四句の「踏み」と縁語をなしている。

いくの:丹波国の地名の「生野」と、「行く」を掛ける
ふみ:地を「踏み」の意と、手紙の「文」を掛ける
あまのはしだて:丹後国の歌枕。松の茂る砂州
作者
小式部内侍
出典
金葉和歌集
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返さじとかねて知りにき唐衣 恋しかるべき我が身ならねば
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