家の風吹かぬものゆゑ恥づかしの
森の言の葉散らし果てつる
- 歌の意味
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家の風が吹いているわけでもないのに、はずかしの森の木の葉を散らすように、恥ずかしい言の葉をすっかり散らしてしまったことだ。
- 鑑賞
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巻第九 雑歌上 555
歌の家に伝わる風が自分には吹いていないのに、はずかしの森の木の葉を散らすように、恥ずかしい歌をすっかり人前に散らしてしまった、と詠む歌である。代々の家の歌道を受け継ぐほどの才もないのに、拙い歌を披露してしまったと謙遜している。
作者は六条藤家の祖である藤原顕季の子であり、家の歌道を受け継ぐ立場にあった。「家の風」は、その家に代々伝わる流儀をいう語で、歌の家の子としての謙遜が込められている。前歌の第五百五十三首は、作者の父顕季の歌である。
作者の「顕輔」は、藤原顕季の子で、左京大夫に至り、『詞花和歌集』を撰進した藤原顕輔である。小倉百人一首にも歌が採られている。
初句「家の風」は、家に代々伝わる流儀、家風の意で、ここでは歌道の家の伝統をいう。
二句「吹かぬものゆゑ」は、吹いていないのにの意で、「ものゆゑ」は逆接を表す。初句の「風」と「吹く」が縁語をなしている。
三句「恥づかしの」は、山城国の歌枕である「はづかしの森」の名に、恥ずかしい意を重ねている。
四句「森の言の葉」は、森の木の葉の意と、歌の言葉の意とを重ねている。「葉」は二句の「吹く」、結句の「散らし」と縁語をなしている。
結句「散らし果てつる」は、すっかり散らしてしまったことだの意で、完了の「つ」の連体形で余韻を残して結んでいる。
いへのかぜ:家に代々伝わる流儀、家風
はづかしのもり:山城国の歌枕。恥ずかしい意を重ねて詠まれる
ことのは:言葉、和歌
- 作者
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藤原顕輔
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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小夜中に思へば悲し陸奥の 安積の沼に旅寝しにけり
- 次の歌
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鷺のゐる松原いかに騒ぐらむ しらげはうたて里とよむなり