忘られて嘆く袂を見るからに
さもあらぬ袖のしをれぬるかな
- 歌の意味
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人に忘れられて嘆いている、あなたの涙に濡れた袂を見るとすぐに、そうではない私の袖までもしおれてしまったことだ。
- 鑑賞
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巻第九 雑歌上 560
恋人に忘れられて嘆いているあなたの涙に濡れた袂を見たとたん、そのような身の上ではない私の袖までもしおれてしまった、と詠む歌である。人に忘れられて嘆く人に同情し、その悲しみに涙を誘われたことを詠んでいる。
前々歌の第五百五十八首が、忘れられたときに我が身を恨んだと詠んだのに続き、本歌も人に忘れられる嘆きを主題としている。本巻の第五百五十二首の三句「見るからに」と同じ句を用いている。
初句「忘られて」は、人に忘れられての意で、受身の「る」が用いられている。前々歌の第五百五十八首の四句「忘られし」と同じ語である。
二句「嘆く袂を」は、嘆いているあなたの袂をの意で、涙に濡れた袂をいう。
三句「見るからに」は、見るとすぐにの意で、本巻の第五百五十二首の三句と同じ句である。
四句「さもあらぬ袖の」は、そうではない私の袖がの意で、忘れられたわけではない自分の袖をいう。二句の「袂」と対をなしている。
結句「しをれぬるかな」は、しおれてしまったことだの意で、完了の「ぬ」の連体形に詠嘆の終助詞「かな」が付いている。涙に濡れることを、袖がしおれるといっている。
たもと:袖、またその下の袋状の部分
しをる:ぐっしょりと濡れる、しおれる
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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いかにせむ山田に囲ふ垣柴の しばしの間だに隠れなき世を
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早き瀬に立たぬばかりぞ水車 我も憂き世にめぐるとを知れ