早き瀬に立たぬばかりぞ水車
我も憂き世にめぐるとを知れ
- 歌の意味
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早い流れの瀬に立っていないというだけのことだ、水車よ。私もおまえと同じく、つらいこの世の中を回り続けているのだと知ってくれ。
- 鑑賞
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巻第九 雑歌上 561
水車よ、私は早瀬に立っていないというだけで、おまえと同じようにつらいこの世の中を回り続けているのだと知ってくれ、と詠む歌である。休みなく回り続ける水車に呼びかけ、出家の身でありながら俗世を離れきれず、世の中をめぐり歩く自分を重ねている。
作者の「行尊」は、参議源基平の子で、園城寺の僧として大僧正に至り、修験者としても名高い歌人である。
初句「早き瀬に」は、流れの早い瀬にの意である。
二句「立たぬばかりぞ」は、立っていないというだけのことだの意で、係助詞「ぞ」が強調を表している。
三句「水車」は、水の流れで回る車の意で、呼びかけとして用いられている。ここで句切れとなる。
四句「我も憂き世に」は、私もつらい世の中にの意で、三句の「水車」と自分とを重ねている。
結句「めぐるとを知れ」は、回り続けていると知れの意で、「めぐる」は水車が回る意と、人が世の中を渡り歩く意とを重ねている。「知れ」は命令形である。
みづぐるま:水の流れを受けて回る車
めぐる:回る。また、あちこちを渡り歩く
- 作者
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行尊
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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忘られて嘆く袂を見るからに さもあらぬ袖のしをれぬるかな
- 次の歌
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仕へつるこのみのほどを数ふれば あはれ梢になりにけるかな