鳥の子のまだかひながらあらませば
尾羽といふものは生ひ出でざらまし
- 歌の意味
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鳥の子がまだ卵の殻の中にいるままであったなら、尾羽というものは生え出てこなかっただろうに。
- 鑑賞
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巻第九 雑歌上 567
鳥の子がまだ卵の殻の中にいるままだったら、尾羽というものも生えてはこなかっただろうに、と詠む歌である。卵からかえって育ったからこそ尾羽も生えたのだと、成長したことを反実仮想で興じて詠んでいる。前々歌の第五百六十五首、前歌の第五百六十六首に続く鳥の歌で、たわむれの心が込められている。
第五百六十五首から続く鳥の歌三首の最後の歌である。「かひ」に卵の殻と甲斐とを掛け、尾羽の生えた鳥の姿を詠んでいる。
初句「鳥の子の」は、鳥のひなのの意で、卵をいう場合もある。
二句「まだかひながら」の「かひ」は、卵の殻の意の「殻」と、効果の意の「甲斐」とを掛けており、平仮名のままとした。殻のままでの意である。
三句「あらませば」は、あったならばの意で、反実仮想の「まし」の未然形「ませ」に接続助詞「ば」が付いて、事実に反する仮定を表す。
四句「尾羽といふものは」は、尾羽というものはの意で、字余りの句となっている。
結句「生ひ出でざらまし」は、生え出てこなかっただろうにの意で、打消の「ず」に反実仮想の「まし」が付き、三句の「ませば」と呼応している。
かひ:卵の殻の意の「殻」と、効果の意の「甲斐」を掛ける
をは:鳥の尾と羽
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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類なく世に面白き鳥なれば ゆかしからずと誰か思はむ
- 次の歌
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ひぐらしの声ばかりする柴の戸は 入日のさすにまかせてぞ見る