見し人はひとり我が身に添はねども
後れぬものは涙なりけり
- 歌の意味
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親しく見てきた人は一人も私の身に寄り添ってはいないけれども、私に後れずについてくるものは涙であったことだ。
- 鑑賞
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巻第九 雑歌上 576
かつて親しくしていた人は、誰一人として自分の身に寄り添ってはくれないが、遅れることなく自分についてくるものは涙であった、と詠む歌である。親しい人々に先立たれ、あるいは離れて一人になった孤独の中で、ただ涙だけが離れずにいることを嘆いている。
作者の「行尊」は、参議源基平の子で、園城寺の僧として大僧正に至り、修験者としても名高い歌人である。
初句「見し人は」は、かつて親しく見てきた人はの意で、過去の「き」の連体形「し」が用いられている。
二句「ひとり我が身に」は、一人として私の身にの意である。
三句「添はねども」は、寄り添っていないけれどもの意で、打消の「ず」の已然形に逆接の「ども」が付いている。
四句「後れぬものは」は、後れずについてくるものはの意で、「後る」には先立たれる意もあり、三句の「添はねども」と対をなしている。
結句「涙なりけり」は、涙であったことだの意で、詠嘆の「けり」で、涙だけが離れずにいることへの気づきを込めて結んでいる。
おくる:後に残る、遅れる。先立たれる
- 作者
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行尊
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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亡き影にかけける太刀もあるものを さやつかの間に忘れ果てける
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葉隠れてつはると見えしほどもなく こはうみうめになりにけるかな