まつ我はあはれ八十になりぬるを
あぶくま川の遠ざかりぬる
- 歌の意味
-
待ち続けている私は、ああ、八十歳になってしまったのに、阿武隈川が遠ざかるように、あなたに逢うことは遠ざかってしまった。
- 鑑賞
-
巻第九 雑歌上 581
あなたを待ち続けている私は、ああ、八十歳になってしまったのに、阿武隈川の名のように逢う機会はかえって遠ざかってしまった、と詠む歌である。長年待ち続けて年老いた身が、なお相手に逢えず、その機会がますます遠のいていく嘆きを、陸奥の歌枕「阿武隈川」に「逢ふ」を掛けて表している。
「まつ」に「待つ」と、長寿を象徴する「松」とを響かせているとみられる。
初句「まつ我は」の「まつ」は、「待つ」と、長寿の木の「松」とを掛けており、平仮名のままとした。
二句「あはれ八十に」は、ああ八十歳にの意で、感動詞「あはれ」が嘆きを表している。
三句「なりぬるを」は、なってしまったのにの意で、完了の「ぬ」の連体形に逆接の接続助詞「を」が付いている。
四句「あぶくま川の」は、陸奥国の歌枕である阿武隈川のの意で、「あふ」に「逢ふ」を掛けており、平仮名のままとした。
結句「遠ざかりぬる」は、遠ざかってしまったの意で、完了の「ぬ」の連体形で余韻を残して結んでいる。三句の「なりぬる」と同じ「ぬる」を重ねている。
まつ:「待つ」と、長寿の木の「松」を掛ける
あぶくまがは:陸奥国の歌枕。「逢ふ」を掛けて詠まれる
やそぢ:八十歳
- 出典
-
金葉和歌集
- 前の歌
-
西へ行く心は我もあるものを ひとりな入りそ秋の夜の月
- 次の歌
-
三笠山神のしるしのいちしるく しかありけりと聞くぞうれしき