住みわびて我さへ軒の忍ぶ草
しのぶかたがた繁き宿かな
- 歌の意味
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住みづらくなって、私までもこの家を離れていくが、軒に生える忍ぶ草のように、偲ぶことがあれこれと多い家であることだ。
- 鑑賞
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巻第九 雑歌上 591
住みづらくなって私までもこの家を離れていくが、軒に忍ぶ草が茂っているように、懐かしく偲ぶことのあれこれが多い家であることだ、と詠む歌である。長年住み慣れた家を手放して去る折に、荒れた軒端に茂る忍ぶ草に寄せて、家にまつわる思い出の多さを表している。
作者が家を人に譲って立ち退く際に、柱に書き付けたと伝わる歌で、後にその家を訪れた人々がこの歌を見て感慨にふけったという話が伝えられている。
作者の「周防内侍」は、周防守平棟仲の娘で、後冷泉天皇から堀河天皇まで四代の天皇に仕えた女房である。小倉百人一首にも歌が採られている。
初句「住みわびて」は、住みづらくなっての意で、「わぶ」は困り果てる意である。
二句「我さへ軒の」は、私までもが軒のの意で、副助詞「さへ」が、家を去る人々に加えて自分までもの意を添えている。
三句「忍ぶ草」は、シダの一種で、古い家の軒端などに生える草の意で、荒れた家のさまを表す。同音の繰り返しで四句の「しのぶ」を導いている。
四句「しのぶかたがた」は、偲ぶことのあれこれの意で、三句の「忍ぶ草」の「忍ぶ」と同音の「偲ぶ」を重ねている。
結句「繁き宿かな」は、多い家であることだの意で、「繁し」は忍ぶ草が茂る意と、偲ぶことが多い意とを重ねている。詠嘆の終助詞「かな」で結んでいる。
すみわぶ:住みづらく思う、住むのに困り果てる
しのぶぐさ:シダの一種。古い家の軒端などに生える
かたがた:あれこれ、いろいろ
- 作者
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周防内侍
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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宇治川の底の水屑となりながら なほ雲かかる山ぞ恋しき
- 次の歌
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聞きわたる御手洗川の水清み 底の心を今日ぞ見るべき