雲の上に馴れにしものを葦鶴の
あふことかたに下りゐぬるかな
- 歌の意味
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雲の上の宮中に慣れ親しんでいたのに、葦辺の鶴が干潟に降りるように、宮中を退いて、お会いすることも難しくなってしまったことだ。
- 鑑賞
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巻第九 雑歌上 601
雲の上の宮中に慣れ親しんでいたのに、葦辺の鶴が干潟に降りるように宮中を退いてしまい、今ではお会いすることも難しくなってしまった、と詠む歌である。宮仕えを退いた身が、宮中の人々と会うことの難しくなった寂しさを、空から干潟に降りる鶴に重ねて表している。
「雲の上」は宮中を表す語で、本巻の第五百二十九首、第五百七十首、第五百七十一首などと同じく、雲によって宮中を表し、宮中から遠ざかった身の嘆きを詠んでいる。
初句「雲の上に」は、雲の上にの意で、宮中を表している。
二句「馴れにしものを」は、慣れ親しんでいたのにの意で、完了の「ぬ」と過去の「き」に逆接の接続助詞「ものを」が付いている。
三句「葦鶴の」は、葦辺にいる鶴のの意で、空を飛ぶ鶴に宮中にいた自分を重ねている。
四句「あふことかたに」の「かた」は、会うことが「難し」の意の「難」と、鶴が降りる「潟」とを掛けており、平仮名のままとした。三句の「葦鶴」と縁語をなしている。
結句「下りゐぬるかな」は、降りてしまったことだの意で、「下りゐ」は鶴が降りる意と、宮仕えを退く意とを重ねている。完了の「ぬ」の連体形に詠嘆の終助詞「かな」が付いている。
あしたづ:葦辺にいる鶴
かた:会うことが「難し」の意の「難」と、鶴が降りる「潟」を掛ける
おりゐる:降りてとどまる。また宮仕えなどを退く
- 出典
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金葉和歌集
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こゆるぎのいそぎて逢ひしかひもなく 波より越すと聞くはまことか
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日の光あまねき空のけしきにも 我が身ひとつは雲隠れつつ