何か思ふ春の嵐に雲晴れて
さやけき影は君のみぞ見む
- 歌の意味
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何を思い悩んでいるのか。春の嵐に雲は吹き払われて、明るく澄んだ光は、あなただけが見ることになるだろう。
- 鑑賞
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巻第九 雑歌上 603
何を思い悩むことがあるのか、春の嵐に雲は吹き払われて晴れ、明るく澄んだ光は、ほかならぬあなたこそが見ることになるだろう、と詠む歌である。前歌の第六百二首で、日の光の中で自分だけが雲に隠れていると嘆いた源俊頼に対し、やがて雲は晴れて恩恵を受けるのはあなたであると励まし慰めている。
本歌は巻第九雑歌上の巻末歌である。巻頭の第五百十六首は俊頼の父源経信が社頭の梅に我が身の老いを重ねた歌であり、父の歌で始まった巻が、子の嘆きを慰める歌で閉じられている。前歌の「雲隠れ」を「雲晴れて」で受け、嘆きを明るい希望へと転じて巻を結んでいる。
作者の「周防内侍」は、周防守平棟仲の娘で、後冷泉天皇から堀河天皇まで四代の天皇に仕えた女房である。小倉百人一首にも歌が採られている。
初句「何か思ふ」は、何を思い悩むのかの意で、係助詞「か」が疑問を表し、連体形「思ふ」で結ぶ係り結びとなっている。ここで句切れとなる初句切れの歌である。
二句「春の嵐に」は、春の嵐によっての意である。
三句「雲晴れて」は、雲が晴れての意で、前歌の第六百二首の結句「雲隠れつつ」を受けている。
四句「さやけき影は」は、明るく澄んだ光はの意で、前歌の「日の光」を受け、恩恵をたとえている。
結句「君のみぞ見む」は、あなただけが見ることになるだろうの意で、係助詞「ぞ」を受けて推量の「む」の連体形で結ぶ係り結びとなっている。前歌の四句「我が身ひとつは」に対し、「君のみ」と答えている。
さやけし:明るく澄んでいる
- 作者
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周防内侍
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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日の光あまねき空のけしきにも 我が身ひとつは雲隠れつつ
- 次の歌
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昔見し主顔にも梅が枝の 花だに我に物語せよ