呉竹のふし沈みぬる露の身も
問ふ言の葉におきぞゐらるる
- 歌の意味
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呉竹の節のように伏し沈んでいた、露のようにはかない身も、見舞ってくださる言葉に、起き上がって座っていられることだ。
- 鑑賞
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巻第十 雑歌下 613
悲しみに伏し沈んでいた露のようにはかない身も、見舞ってくれる人の言葉に、起き上がって座っていられるようになった、と詠む歌である。弔問や見舞いの言葉に慰められたことへの感謝を、呉竹と露の景に寄せて表している。
「露の身」は本巻の第六百十九首の初句にも詠まれ、そこでははかなく消えようとする身として詠まれている。本歌は見舞いの言葉によって露の身が起き上がる歌である。
初句「呉竹の」は、呉竹のの意で、竹の「節」を導き、二句の「ふし」にかかる。
二句「ふし沈みぬる」は、伏し沈んでいたの意で、竹の「節」に、悲しみに「伏す」意を掛けている。完了の「ぬ」の連体形が用いられている。
三句「露の身も」は、露のようにはかない身もの意で、竹の葉に置く露に我が身をたとえている。本巻の第六百十九首の初句「露の身の」と同じ語である。
四句「問ふ言の葉に」は、見舞ってくれる言葉にの意で、「言の葉」の「葉」が、「呉竹」「露」と縁をなしている。
結句「おきぞゐらるる」は、起き上がって座っていられるの意で、露が「置く」意と、人が「起く」意を掛けている。係助詞「ぞ」を受けて、可能の「らる」の連体形で結ぶ係り結びとなっている。
くれたけ:中国から渡来した竹。淡竹の異称とされる
ふし:竹の節の意と、伏す意を掛ける
おく:露が置く意と、人が起きる意を掛ける
ことのは:言葉
ゐる:座る、座っている
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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