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もろともに苔の下にも朽ちもせで
埋もれぬ名を見るぞ悲しき

歌の意味
亡き娘とともに苔の下で朽ちることもなく、埋もれずに残っている名を見るのが悲しい。
鑑賞
巻第十 雑歌下 620

 亡き娘とともに苔の下で朽ちることもなく、埋もれずに残っているその名を見るのが悲しい、と詠む歌である。娘の小式部内侍が亡くなった後、上東門院から例年賜っていた衣が届けられ、そこに小式部内侍の名が書きつけられていたのを見て詠んだ歌とされる。娘の亡骸は苔の下に埋もれても、名だけはこの世に残っていることに、母としての深い悲しみを表している。
 本巻の巻末の第六百六十五首には、長く世に「埋もれぬる」身を嘆く歌が置かれており、本歌の「埋もれぬ名」と対照をなしている。
 作者の「和泉式部」は、越前守大江雅致の娘で、和泉守橘道貞の妻となり、小式部内侍をもうけた女流歌人である。上東門院彰子に仕えた。小倉百人一首にも歌が採られている。

 初句「もろともに」は、ともどもにの意で、亡き娘とともにということである。
 二句「苔の下にも」は、苔の下でもの意で、墓の下を指している。
 三句「朽ちもせで」は、朽ちることもしないでの意で、打消の接続助詞「で」が用いられている。
 四句「埋もれぬ名を」は、埋もれずに残っている名をの意で、衣に書きつけられた娘の名を指す。「苔の下」「朽ち」「埋もれ」が縁をなしている。本巻の第六百六十五首の結句「埋もれぬるかな」と対照的である。
 結句「見るぞ悲しき」は、見るのが悲しいの意で、係助詞「ぞ」を受けて連体形「悲しき」で結ぶ係り結びとなっている。

こけのした:苔の生えた地面の下。墓の下、死後の世界
作者
和泉式部
出典
金葉和歌集
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露の身の消えもはてなば夏草の ははいかにしてあらむとすらむ
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今ぞ知るおもひの果ては世の中の うき雲にのみまじるものとは