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今ぞ知るおもひの果ては世の中の
うき雲にのみまじるものとは

歌の意味
今こそ知った。思いの火の果ては、この世の中のつらい浮き雲に、ただまじってしまうものだとは。
鑑賞
巻第十 雑歌下 621

 思いの火の果ては、この世の中の浮き雲にただまじってしまうものだと、今こそ知った、と詠む歌である。火葬の煙が空に立ちのぼって雲にまじるのを見て、人の命のはかなさを思い知った悲しみを表している。
 次歌の第六百二十二首も「うき雲」と火葬の「煙」を詠み、二首が並べられている。また初句「今ぞ知る」は、本巻の第六百三十六首の初句「今日ぞ知る」と通じている。

 初句「今ぞ知る」は、今こそ知ったの意で、係助詞「ぞ」を受けて連体形「知る」で結ぶ係り結びとなり、初句切れの歌である。二句以下と倒置になっている。本巻の第六百三十六首の初句「今日ぞ知る」と通じている。
 二句「おもひの果ては」は、思いの火の行き着く果てはの意で、「思ひ」の「ひ」に「火」を掛けている。火葬の火を指している。
 三句「世の中の」は、この世の中のの意である。
 四句「うき雲にのみ」は、つらい浮き雲にばかりの意で、空に浮かぶ「浮き雲」に、つらい意の「憂き」を掛けている。次歌の第六百二十二首の二句にも同じ「うき雲」が詠まれている。
 結句「まじるものとは」は、まじるものだとはの意で、初句の「知る」に返る倒置となっている。

おもひ:思いの意と、火の意を掛ける
うきくも:空に浮かぶ浮き雲の意と、つらい意の「憂き」を掛ける
出典
金葉和歌集
前の歌
もろともに苔の下にも朽ちもせで 埋もれぬ名を見るぞ悲しき
次の歌
定めなき世をうき雲ぞあはれなる 頼みし君が煙と思へば