草木まで思ひけりとも見ゆるかな
松さへ藤の衣着てけり
- 歌の意味
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草木までも亡き人を思い悲しんでいたのだと見えることだ。松までもが藤の衣、喪服を着ていることよ。
- 鑑賞
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巻第十 雑歌下 623
草木までも亡き人を思って悲しんでいるのだと見える、松までもが藤の衣を着ているのだから、と詠む歌である。松に藤の花がかかっているさまを、喪服の藤衣を着ていると見立て、草木までもが喪に服していると詠んで、人の死を悼む思いの深さを表している。
作者の「行尊」は、参議源基平の子で、園城寺の僧として大僧正に至った人物である。修験者として諸国の霊場で修行したことでも知られる。小倉百人一首にも歌が採られている。
初句「草木まで」は、草木までもの意で、副助詞「まで」が、人ばかりか心を持たない草木までもの意を表している。
二句「思ひけりとも」は、亡き人を思っていたのだとの意で、詠嘆の「けり」が用いられている。
三句「見ゆるかな」は、見えることだの意で、終助詞「かな」で言い切る三句切れの歌である。
四句「松さへ藤の」は、松までもが藤のの意で、副助詞「さへ」が添加を表す。松にからむ藤の花を詠んでいる。
結句「衣着てけり」は、衣を着ていることよの意で、「藤の衣」は喪服を指す。完了の「つ」に詠嘆の「けり」が付いて結んでいる。
ふぢごろも:藤などの繊維で織った粗末な衣。喪服
- 作者
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行尊
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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定めなき世をうき雲ぞあはれなる 頼みし君が煙と思へば
- 次の歌
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悲しさのその夕暮のままならば ありへて人に問はれましやは