- 歌の意味
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天の川の水をせき止めて、苗代の水として下へ流してくれ。天から降りていらっしゃる神であるならば、神よ。
- 鑑賞
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巻第十 雑歌下 625
天から降りていらっしゃる神であるならば、神よ、天の川の水をせき止めて、苗代の水として下界に流してほしい、と詠む歌である。作者が伊予守藤原範国に伴って伊予国に下った際、日照りが続いたため、三島明神に雨を祈って奉った歌と伝えられ、この歌によって雨が降ったという話が残る。
本巻はここまで哀傷の歌が続いたが、本歌から神仏に祈る歌へと移り、次歌の第六百二十六首も「祈るしるし」を詠んでいる。
作者の「能因」は、俗名を橘永愷といい、出家して能因と名のった歌人である。歌枕を求めて諸国を旅し、『能因歌枕』を著した。小倉百人一首にも歌が採られている。
初句「天の川」は、天上を流れる天の川の意で、雨の水源と見ている。
二句「苗代水に」は、苗代の水としての意で、稲の苗を育てる田の水を求めている。
三句「せき下せ」は、せき止めて下へ流せの意で、命令形で言い切る三句切れの歌である。
四句「天降ります」は、天から降りていらっしゃるの意で、尊敬の補助動詞「ます」が用いられている。初句の「天」と照応している。
結句「神ならば神」は、神であるならば、神よの意で、「神」を繰り返して強く呼びかけている。三句以前と倒置になっている。
なはしろ:稲の苗を育てる田
せきくだす:水をせき止めて下へ流す
あまくだる:天から降る
- 作者
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能因
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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悲しさのその夕暮のままならば ありへて人に問はれましやは
- 次の歌
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色も香も空しと説ける法なれど 祈るしるしはありとこそ聞け