阿弥陀仏と唱ふる声に夢覚めて
西へ流るる月をこそ見れ
- 歌の意味
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阿弥陀仏と唱える念仏の声に夢から覚めて、西へと流れていく月を見ることだ。
- 鑑賞
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巻第十 雑歌下 630
阿弥陀仏と唱える念仏の声に夢から覚め、西へと流れていく月を見ることだ、と詠む歌である。念仏の声によって迷いの夢から覚め、西方極楽浄土へ向かう月に、往生への願いを重ねている。
本巻の第六百四十七首は、初句と二句が「阿弥陀仏と唱ふる声」と本歌とほぼ同じで、念仏の声を楫として苦しみの海を漕ぎ離れると詠んでいる。また巻第九の第五百八十首も、西へ入る月に往生の願いを託す歌である。
本文の作者表記は「坂上郎女」とあるが、坂上郎女は奈良時代の万葉歌人であり、念仏を詠む本歌の作者とするには時代が合わない。作者は確定できない。
初句「阿弥陀仏と」は、阿弥陀仏との意で、念仏の名号を指している。本巻の第六百四十七首の初句と同じである。
二句「唱ふる声に」は、唱える声によっての意である。本巻の第六百四十七首の二句「唱ふる声を」と通じている。
三句「夢覚めて」は、夢から覚めての意で、迷いの夢から覚める意を重ねている。本巻の第六百十八首の四句「覚むるほどこそ」とも通じている。
四句「西へ流るる」は、西へ流れていくの意で、月が西の空へ移っていくさまをいう。西は阿弥陀仏の極楽浄土のある方角である。
結句「月をこそ見れ」は、月を見ることだの意で、係助詞「こそ」を受けて已然形「見れ」で結ぶ係り結びとなっている。
あみだぶ:阿弥陀仏。念仏で唱える名号
- 出典
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金葉和歌集
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心には厭ひはてつと思ふらむ あはれいづくも同じ憂き世を
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教へおきて入りにし月のなかりせば いかで思ひを西にかけまし