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今日もなほ惜しみやせまし法のため
散らす花ぞと思ひなさずは

歌の意味
今日もやはり、花の散るのを惜しんだことだろう。これは仏法のために散らす花なのだと思いなさなかったならば。
鑑賞
巻第十 雑歌下 643

 これは仏法のために散らす花なのだと思いなさなかったならば、今日もやはり花の散るのを惜しんだことだろう、と詠む歌である。法会で仏を供養するために花をまき散らす散華を踏まえ、ふだんは惜しむ花の散るのも、仏法のためと思えば惜しくないと詠んでいる。
 本巻の巻頭近くの第六百六首では、花より先に散る我が身を嘆いていたが、本歌は散る花を仏法のための供養と見ており、同じ花の散ることを異なる心で詠んでいる。

 初句「今日もなほ」は、今日もやはりの意である。
 二句「惜しみやせまし」は、惜しんだだろうかの意で、係助詞「や」を受けて反実仮想の「まし」の連体形で結ぶ係り結びとなり、二句切れの歌である。
 三句「法のため」は、仏法のためにの意である。
 四句「散らす花ぞと」は、散らす花なのだとの意で、散華を指している。本巻の第六百六首の「散りぬべきかな」と、同じ花の散ることを詠んでいる。
 結句「思ひなさずは」は、思いなさなかったならばの意で、打消の「ず」の連用形に係助詞「は」が付いて仮定を表す。二句と倒置になっている。

おもひなす:強いてそうだと思う、そう思い定める
出典
金葉和歌集
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世とともに心のうちにすむ月を ありと知るこそ晴るるなりけれ
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