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山桜梢の風の寒ければ
花の盛りになりぞわづらふ

歌の意味
山桜は、梢を吹く風が寒いので、花の盛りになりかねていることだ。
鑑賞
巻第十一 異本歌 667

 山桜は、梢を吹く風がまだ寒いので、なかなか花の盛りになれずにいる、と詠む歌である。春浅い山の寒さに花の遅れを思いやり、盛りを待ちわびる心を、山桜を人のように見立てて表している。
 本歌は、本集の伝本のうち異本にのみ見える歌で、異本の配列では、本集の巻第一の第三十八首の次に置かれている。前後には桜の盛りを詠む歌が並び、次に続く巻第一の第四十首も桜の梢を詠んでいる。

 初句「山桜」は、山に咲く桜の意である。
 二句「梢の風の」は、梢を吹く風がの意である。巻第一の第四十首の三句「梢にて」と同じく、桜の梢を詠んでいる。
 三句「寒ければ」は、寒いのでの意で、形容詞「寒し」の已然形に接続助詞「ば」が付いて理由を表す。
 四句「花の盛りに」は、花の盛りにの意である。
 結句「なりぞわづらふ」は、なりかねているの意で、係助詞「ぞ」を受けて連体形「わづらふ」で結ぶ係り結びとなっている。山桜を人に見立てた擬人法である。

こずゑ:木の幹や枝の先
わづらふ:思うようにできずに苦しむ。動詞の下に付いて、〜しかねる意を表す
出典
金葉和歌集
前の歌
春霞たち隠せども姫小松 ひくまの野辺に我は来にけり
次の歌
春の日ののどけき空に降る雪は 風に乱るる花にぞありける