つらかりし心ならひに逢ひ見ても
なほ夢かとぞ疑はれける
- 歌の意味
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つらかった恋の心の習いで、逢うことができても、やはり夢ではないかと疑われることだ。
- 鑑賞
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巻第十一 異本歌 700
長い間つれない仕打ちに苦しんできた心の習いで、ようやく逢うことができても、やはり夢ではないかと疑われてしまう、と詠む歌である。待ち望んだ逢瀬をすぐには信じられない心を表している。
本歌は、本集の巻第七の第三百八十一首と同じ歌である。異本では、巻第八の巻末歌である巻第八の第五百十五首の次に、位置を異にして置かれている。
初句「つらかりし」は、つらかったの意で、過去の「き」の連体形「し」が用いられている。
二句「心ならひに」は、心の習いでの意で、つれない仕打ちに慣れてしまった心をいう。
三句「逢ひ見ても」は、逢うことができてもの意で、接続助詞「ても」が逆接を表している。
四句「なほ夢かとぞ」は、やはり夢ではないかとの意で、係助詞「ぞ」が結句に係る。
結句「疑はれける」は、疑われることだの意で、自発の「る」に、係助詞「ぞ」を受けて詠嘆の「けり」の連体形「ける」で結ぶ係り結びとなっている。
こころならひ:心の習慣、習い性
あひみる:対面する、逢う
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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うとましや木の下陰の忘れ水 いくらの人の影を見つらむ
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あやしきも嬉しかりけりおとしむる その言の葉にかかると思へば