わたつ海の底の藻屑と見しものを
いかでか空の月となるらむ
- 歌の意味
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大海の底の藻屑だと見ていたのに、どうして空の月となるのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十一 異本歌 709
大海の底の藻屑にすぎないと見ていたものが、どうして空に輝く月となるのだろうか、と詠む歌である。海の底と空の月とを対比させ、取るに足りないと思われていたものが尊い存在へと変わる不思議を表している。仏法の歌の間に置かれており、海中の竜宮に住む竜女が成仏したと説く法華経提婆達多品の話を踏まえたものと解される。
本歌は、本集の伝本のうち異本にのみ見える歌で、異本の配列では、本集の巻第十の第六百三十六首の次に置かれている。第六百三十六首も、法華経提婆達多品を踏まえた歌である。また本巻の第七百十首も、海の波に漂う「水屑」を詠んでいる。
初句「わたつ海の」は、大海のの意である。
二句「底の藻屑と」は、海の底の藻のくずとの意で、取るに足りないもののたとえである。
三句「見しものを」は、見ていたのにの意で、過去の「き」の連体形に接続助詞「を」が付いて逆接を表している。
四句「いかでか空の」は、どうして空のの意で、係助詞「か」が疑問を表し、結句の「らむ」で結ぶ係り結びとなっている。二句の「底」と「空」とが上下の対比をなしている。
結句「月となるらむ」は、月となるのだろうかの意で、原因推量の「らむ」で結んでいる。巻第十の第六百三十六首も、法を説く釈迦を月にたとえている。
わたつうみ:海、大海
もくづ:海中の藻のくず。取るに足りないもののたとえ
- 出典
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金葉和歌集
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罪はしも露も残らず消えぬらむ 長き夜すがらくゆるおもひに
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四方の海の波に漂ふ水屑をも 七重の網に引きな漏らしそ