逢ふことのなきをうきたの森に住む
呼子鳥こそ我が身なりけれ
- 歌の意味
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逢うことがないのをつらく思って、浮田の森に住んで人を呼ぶように鳴く呼子鳥こそ、私の身であったことだ。
- 鑑賞
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巻第十一 異本歌 713
逢うことがないのをつらく思い、浮田の森に住んで人を呼ぶように鳴き続ける呼子鳥こそ、私の身そのものであった、と詠む歌である。逢えない恋人を呼び続ける我が身を、呼子鳥に重ねている。
本歌は、本集の伝本のうち異本にのみ見える歌で、異本では、本集の巻末歌である巻第十の第六百六十五首のあとに置かれている。本歌から本巻の巻末の第七百十七首まで、恋の歌が並んでいる。
初句「逢ふことの」は、逢うことがの意である。
二句「なきをうきたの」は、ないのをつらいとの意の「憂き」と、歌枕の「浮田の森」を掛けている。
三句「森に住む」は、森に住むの意で、四句の「呼子鳥」にかかる。
四句「呼子鳥こそ」は、人を呼ぶように鳴く鳥こその意で、係助詞「こそ」が結句に係る。逢えない人を呼ぶ我が身を重ねている。
結句「我が身なりけれ」は、私の身であったことだの意で、係助詞「こそ」を受けて詠嘆の「けり」の已然形「けれ」で結ぶ係り結びとなっている。
うきたのもり:歌枕の浮田の森に、つらい意の「憂き」を掛ける
よぶこどり:人を呼ぶように鳴く鳥
- 出典
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金葉和歌集
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四方の海の波に漂ふ水屑をも 七重の網に引きな漏らしそ
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恋ひ死なでこころづくしに今までも 頼むればこそいきの松原