浪分けて見るよしもがなわたつみの
底のみるめも紅葉散るやと
- 歌の意味
-
波を分けて見る手だてがあればよいのに。海の底の海松布も、紅葉して散るのかどうかと。
- 鑑賞
-
巻第七 秋歌下 417
詞書「題しらず」
海の底の海松布も紅葉して散るのかどうか、波を分けて見る手だてがあればよいのにと詠んだ歌である。地上の紅葉から思いを広げ、見ることのできない海の底の秋を想像している。
前の歌までが川を流れる紅葉を詠んだのに対し、本歌は海の底へと目を転じている。次歌も浦の波と紅葉を、第四百十九首も海の神と紅葉を詠んでいる。
作者の文屋朝康は文屋康秀の子で、大舎人大允などを務めた。小倉百人一首には「白露に風の吹きしく秋の野は」の歌が採られている。
初句「浪分けて」は、波を分けて、の意である。
二句「見るよしもがな」の「よし」は手だて、「もがな」は願望の終助詞で、見る手だてがあればよいのに、の意である。ここで句切れとなる。
三句「わたつみの」は、海の、の意である。本巻の第四百十九首も初句に「わたつみの」を置いている。
四句「底のみるめも」の「みるめ」は、海藻の「海松布」と、「見る目」を掛けた掛詞である。二句の「見る」と響き合っている。
結句「紅葉散るやと」は、紅葉して散るのかと、の意で、二句と倒置の関係にあり、見たいものを後から示している。
みるめ:海藻の「海松布」と、「見る目」を掛ける
わたつみ:海の神、また海
よし:手だて、方法
- 作者
-
文屋朝康
- 出典
-
後撰和歌集
- 前の歌
-
竜田川秋は水なくあせななん 飽かぬ紅葉の流るれば惜し
- 次の歌
-
木の葉散る浦に浪立つ秋なれば 紅葉に花も咲きまがひけり