みみなしの山ならずとも呼子鳥
何かは聞かん時ならぬ音を
- 歌の意味
-
耳成山でなくても、呼子鳥よ、季節はずれのあなたの鳴き声を、どうして聞いたりしようか。
- 鑑賞
-
巻第十四 恋歌六 1035
詞書「返し」
耳成山でなくても、呼子鳥の季節はずれの鳴き声をどうして聞こうか、と詠んだ歌である。前歌の「耳成山」「呼子鳥」を受け、耳がないから答えないのではなく、時をわきまえない呼びかけだから聞かないのだと切り返している。
詞書によれば、前歌の第千三十四首への返しである。呼子鳥は春に鳴く鳥とされ、「時ならぬ音」は季節はずれの鳴き声として、相手の呼びかけを場違いなものと退けている。
作者の女五のみこは、天皇の第五皇女を指す呼称である。宇多院にゆかりのある皇女とみられるが、誰を指すかについて定説を見ない。
初句「みみなしの」は、耳成山の、の意で、前歌の二句を受け、「みみなし」に耳がない意を掛けている。
二句「山ならずとも」は、山でなくても、の意で、「とも」は逆接の仮定を表す。
三句「呼子鳥」は、呼子鳥よ、と呼びかけている。前歌の三句を受けている。
四句「何かは聞かん」は、どうして聞こうか、の意で、「かは」は反語の係助詞で、連体形「ん」で結ぶ係り結びとなっている。
結句「時ならぬ音を」は、季節はずれの鳴き声を、の意で、四句へ返る倒置となっている。
みみなし:大和国の耳成山と、耳がない意を掛ける
よぶこどり:人を呼ぶように鳴く鳥。春の景物とされる
- 作者
-
女五のみこ
- 出典
-
後撰和歌集
- 前の歌
-
宇多の野はみみなし山か呼子鳥 呼ぶ声にだに答へざるらん
- 次の歌
-
恋ひわびて死ぬてふことはまだなきを 世のためしにもなりぬべきかな