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我のみは立ちも帰らぬ暁に
わきても置ける袖の露かな

歌の意味
私だけは出かけもせず帰ってくることもない暁なのに、とりわけ私の袖に置いている露であることよ。
鑑賞
巻第十五 雑歌一 1094

詞書「斎院の禊の垣下に、殿上の人々まかりて暁に帰りて、むまが許につかはしける」
 私だけは出かけて帰ってくることもない暁なのに、とりわけ袖に露が置いている、と詠んだ歌である。人々が禊の供から暁に帰ってくるなか、自分は加わらなかったのに袖が涙の露に濡れると、取り残された寂しさを訴えている。
 詞書によれば、斎院の御禊に殿上人たちが相伴役として出かけ、暁に帰ってきた時、「むま」と呼ばれた人のもとに送った歌である。
 作者の右衛門は、後撰集の時代の女房で、詳しい伝は未詳である。

 初句「我のみは」は、私だけは、の意で、ほかの人々と自分とを分けている。
 二句「立ちも帰らぬ」は、出かけて帰ってくることもない、の意で、暁に帰ってきた殿上人たちと対比している。
 三句「暁に」は、夜明け前に、の意で、人々が帰ってきた時刻を示している。
 四句「わきても置ける」は、とりわけ置いている、の意で、「わきて」は特に、の意、「る」は存続の助動詞「り」の連体形である。
 結句「袖の露かな」は、袖の露であることよ、の意で、露に涙を重ねている。「かな」は詠嘆の終助詞である。

かいもと:饗宴で主客の相伴をする役
さいゐん:賀茂神社に奉仕した未婚の皇女。またその御所
みそぎ:身を清める儀式。ここは斎院の御禊
作者
右衛門
出典
後撰和歌集
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