人渡すことだになきを何しかも
ながらの橋と身のなりぬらん
- 歌の意味
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人を渡すことさえないのに、どうして我が身は、古びた長柄の橋のようになってしまったのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十五 雑歌一 1117
詞書「法皇御髪下ろしたまひてのころ」
人を渡すことさえないのに、どうして我が身は長柄の橋のようになってしまったのか、と詠んだ歌である。古びた橋として知られた長柄の橋に、法皇の出家によって取り残され、空しく年を経ていく身を重ねている。古今和歌集の「世の中に古りぬるものは津の国の長柄の橋と我となりけり」と同じく、長柄の橋を古びたものの代表としている。
詞書によれば、宇多法皇が出家したころに詠んだ歌である。次歌に伊勢の返しがあり、本巻の第千九十七首、第千九十八首の七条后と伊勢の贈答と呼応している。
作者の「七条后」は藤原温子である。藤原基経の娘で、宇多天皇の女御となり、のちに皇太夫人とされた。七条の院に住んだことからこう呼ばれ、歌人伊勢が仕えた。
初句「人渡す」は、人を渡す、の意で、橋の縁で、人の役に立つことをいう。
二句「ことだになきを」は、ことさえないのに、の意で、「を」は逆接を表す。
三句「何しかも」は、どうして、の意で、「し」は強意、「か」は疑問の係助詞で、結句の連体形「らん」で結ぶ係り結びとなっている。
四句「ながらの橋と」は、摂津国の長柄の橋と、の意で、古びた橋として知られた。次歌の四句にも「ながらの橋」が詠まれている。
結句「身のなりぬらん」は、我が身はなってしまったのだろう、の意で、「らん」は原因推量の助動詞で、三句の「か」を受けて結んでいる。
ながらのはし:摂津国の淀川にかかっていた橋。古びたものの代表とされた
みぐしおろす:髪を剃って出家する
- 作者
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藤原温子
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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むばたまの今宵ばかりぞあけ衣 あけなば人をよそにこそ見め
- 次の歌
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ふるる身は涙の中に見ゆればや ながらの橋にあやまたるらん