おしなべて峰も平らになりななん
山の端なくは月も隠れじ
- 歌の意味
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どこもみな一様に、峰も平らになってしまえばよい。山の端がなければ、月も隠れることはないだろう。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌三 1249
詞書「月夜にかれこれして」
峰もみな平らになってほしい、山の端がなければ月も隠れまい、と詠んだ歌である。沈みゆく月を惜しむあまり、月を隠す山そのものがなくなればよいと、大胆な願いで名残を表している。
詞書によれば、月の夜に人々と集まって詠んだ歌である。
雑歌三の巻末歌で、巻頭の第千百九十五首が石上の寺での夜の旅寝を詠んだのに対し、月の夜の興を詠む歌で巻を閉じている。
作者の「かむつけのみねを」は上野岑雄である。平安時代前期の歌人で、古今和歌集には藤原基経の死を悼む「深草の野辺の桜し心あらば」の歌が採られている。
伊勢物語第八十二段には、紀有常の歌として結句を「月も入らじを」とするほぼ同じ歌が見える。
初句「おしなべて」は、どこもみな一様に、の意である。
二句「峰も平らに」は、峰も平らに、の意で、四句の「山の端」と対応している。
三句「なりななん」は、なってしまってほしい、の意で、「な」は完了の助動詞「ぬ」の未然形、「なん」は他にあつらえ望む終助詞である。ここで句切れとなる。
四句「山の端なくは」は、山の稜線がなければ、の意で、「は」は仮定を表す。
結句「月も隠れじ」は、月も隠れはしないだろう、の意で、「じ」は打消の推量を表す。
やまのは:空と接する山の稜線
かれこれ:あの人この人、人々
- 作者
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上野岑雄
- 出典
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後撰和歌集
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もろともにいざとは言はで死出の山 いかでか一人越えんとはせし
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我が宿にあひ宿りして住む蛙 夜になればや物は悲しき